研究内容


光合成の分子機構と環境応答機構


植物は太陽の光エネルギーを生体で利用できるエネルギーに変換する過程において、水を約90%の効率で分解して電子を取り出し、副産物として、酸素を放出します。そして得られた電子をタンパク質の中で受け渡しして、生物が利用できる「化学エネルギー」を作り、最終的に、二酸化炭素を取り込み、糖などの有機化合物を作ります(図1)。

図1 光合成による光エネルギーの化学エネルギーへの変換とCO2の糖への固定


したがって、光合成は地球上の生物の生存を支える反応であり、この能力を有効利用して、より安全でクリーンなエネルギーを得て、石油資源の枯渇や二酸化炭素濃度の上昇などに対処することが望まれます。
光合成の反応は、20以上のタンパク質サブユニットに60分子以上の金属や光合成色素などが結合した、巨大で複雑なタンパク質複合体によって行われています(図2)。

図2 光化学系IIのX線結晶構造と水の酸化触媒中心(Mn4Caクラスター)


この巨大分子の構造や光合成も反応の詳細についてはまだ明らかにされていないことが数多くあります。光合成器官は非常に複雑なタンパク質複合体であるため、外部環境の変動は光合成の能力を大きく左右し、ひいては植物全体の生育にも影響します。

しかし植物は環境の変化に応答して、光合成などの働きを安定化させたり調節したりすることができます。したがって、環境やエネルギー問題に植物の能力を応用するためには、光合成のエネルギー変換の仕組みを明らかにするとともに環境への応答の仕組みを解明する必要があります。

本研究部門では、好熱性のラン藻(植物の葉緑体の起源と考えられている微生物)を用いて、光エネルギーを化学エネルギーに換える仕組みや、高い効率で水を分解する仕組みを明らかにしようとしています。そのために遺伝子組換えによって部分的にタンパク質の構造を変えて、性質がどのように変わったかを調べています。

また、遺伝子組み換えによって、有害な金属を蓄積できるラン藻や、高温や塩分に強い植物を作り出すことに挑戦しています。


光エネルギーの化学エネルギー変換機構の解明

植物やラン藻などの酸素発生型の光合成生物は光を受容すると、光合成電子伝達系で光エネルギーを生物が利用可能な化学エネルギー(NADPHおよびATP)に変換します。
電子(e−)は約90%の効率で水を分解することによって得られますが(図3)、水の酸素機構の詳細については未だ明らかになっていません。
また、ここで生じた電子を引き抜くクロロフィルは生体界で最も高い電位を持っていますが、その原因がどのような分子構造によるものであるのか、ほとんど分かっていません。当研究部門では、光合成によるエネルギー変換機構を明らかにすることを目的として、高い活性をもつ熱安定な好熱性ラン藻(図4)の遺伝子組換え体を作製して、生化学的、分光学的手法を用いて研究を進めています。
                               

   
図3 光化学系IIの電子伝達経路     図4 好熱性ラン藻Thermosynechococcuselongatus
の光学顕微鏡写真(上)と電子顕微鏡写真(下)
 



バイオテクノロジーによる光合成微生物の水素生産への応用

水素は発電効率が高く、二酸化炭素を放出しない化石燃料に替わるクリーンな新エネルギーとして注目されていますが、現行では水素の97%を化石燃料から工業的に製造しているために根本的な水素製造方法の改善が課題となっています。光合成による高い水の酸化能を利用して地球に無尽蔵に存在する水を分解すれば、理想に近い水素製造方法になります。本研究部門では、遺伝子組み換えによる光合成機能の強化や、水素化酵素の遺伝子改変や導入などを組み合わせ、太陽光下で培養すれば水素を生産する好熱性ラン藻の開発を試みています。



塩ストレスおよび重金属ストレス応答機構の解明と応用

環境中のイオン濃度の上昇は細胞からの水の流出や細胞内の各種イオンのバランスを崩し、生理活性を低下させます。これに対して多くの生物は外界のイオン環境に応じて適合溶質と呼ばれる糖類などの低分子化合物を蓄積して細胞内の浸透圧を調整します。このような適合溶質合成酵素の遺伝子操作によって微生物や植物の塩ストレス耐性を改変することができます。また貴金属イオンは多くの酵素の活性部位などで重要な機能を果たしていますが、細胞内に高濃度に蓄積するとタンパク質の変性などの傷害を引き起こします。
動物の微生物はこのような細胞内の過剰の貴金属を捕捉して無毒化するためのメタロチオネインというタンパク質を蓄積します。ラン藻のメタロチオネインは構造が比較的簡単なため遺伝子工学的手法によって改変し、貴金属結合能の向上や別種の貴金属に対する結合能の付与など機能の改変が可能です。こうした貴金属結合タンパク質をラン藻や植物で発現させて、遺伝子組み換え体による重金属に汚染された土壌の浄化や有用な微量重金属の採取を目指しています。